志ん生一家・戦後(美濃部美津子)

志ん生が脳溢血で倒れたのは、高輪プリンスホテルでの巨人の祝勝会に川上監督が遅れてきた時、演芸の後食事という段取りが壊れ、落語が始まったとたんに客が高座を背に向けて食事を始めたので、か〜っときたのか、マクラを5分ほど話して倒れた。船員病院に連れて行かれ、これは危ないと言うことになり、当時の噺家のほとんどが見舞いに訪れたが、次の日には持ち直した。また、志ん生は酒飲みだと思われているが、量は少なくちびちびとやっていた。
戦後、余裕が出来ると、いろいろな古道具を買ってきては、飽きて安く売り飛ばした。桂文楽は煙草入れを収集していたが、志ん生は煙草入れを買っても飽きると売るので何も残っていない。ある時は馬生10にやった煙草入れを取り戻して売り払ったという。トカゲを見ると大きくして財布にするから買おうと圓菊に相談したが、美津子氏はお父さんがトカゲに食われちゃうと言うと諦めた。庭には瓢箪池があり、金魚を放して釣っていたという。病後もホール落語、独演会をやりたがったが、マクラと噺が違ってきたり、ぼけてきたので高座に上がることをやめた。晩年は体のため、酒を水で薄めて出したが、志ん生は「近頃の酒は水くさくなったな〜」って行っていたとのこと。なくなる前の晩には、水で薄めずに酒を出し「やっぱり酒はうまいよ〜」と言って寝たので、美津子氏は裏の馬生10の家に遊びに行った。帰ってきた時、襟のところに茶色い物を吐いていた。次の日に、いつも通り、声をかけても返事がない。いくら声をかけても起きないので、馬生10に言って先生を呼んだが死んでいた。本当の極楽往生だった。
志ん生師の最期を見取った娘さんの話だけに実に生々しくほほえましいエピソードでした。

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