ちきり伊勢屋・下(三遊亭圓生6)
易者の白井左近に言われ、これから人を救ってやれば、冥土の父にもよく、自分も来世は長生きが出来ると思った、ちきり伊勢屋伝次郎は貧しい人々に施しを始めた。時間を決めて乞食に施すことにしたが、むやみに金をやってもきりがないことがわかり、真に困った人を助けてやることにした。困った人はないかと聞き合わせて、出かけていって話を聞いて施しをしてやると大変喜ばれた。ある日、一日施しをして疲れてぶらぶら喰違まで歩いてくると、母と娘が今首を吊ろうとしている。訳を聞くと、今日中に百両がなければ生きていられないというので、手持ちの百両を渡し去ろうとする。どうしても名前を聞かせてくれと言うので、ちきり伊勢屋伝次郎と答える。七月から施しを初めて10月が過ぎた。二月十五日には死ぬのだから、これからは遊ぶことにした。遊んでみるとこれは愉快、吉原で芸者買いもして、その遊び方は派手なこと。十二月になると懐が寂しくなったので、金貸しから金を借りて遊び続けた。とうとう二月十五日がやってきた。正九つに亡くなると言うことなので、葬式の準備が始まる。黒檀の棺桶やら豪華な葬儀が用意され、九つ半に出棺という段取りとなる。忌中の札もかける。向かいの煙草問屋加賀屋長兵衛が忌中札を見つけて、奉公人の善次郎に誰が死んだのか聞きにやらせる。本人が出てきて自分が正九つに死ぬのだと聞いて驚く。加賀屋もあきれて相手にしない。九つがちかずいたので、湯灌をして、伝次郎は豪華な棺桶に入って蓋が閉められる。数千人の会葬者が見守る中、出棺。幇間持ちや芸者が行列をなして妙光寺へ運んでいく。五十人ばかりによる読経をすませて大和尚が引導を渡して埋葬となるが、未だ死ねない。仕方がないので寺に頼んで渡してある詞堂金のうちから五十両を借りたが、抵当に入っている家に帰るわけにいかない。あちこち転々として十月にかかった時には乞食のようになっていた。たまたま白井左近に出会う。起こって殴りつける。左近は伝次郎の顔を見ると、今度は死相が消えて、八十まで生きる、品川のほうへ行くと運勢が開けるというので、とぼとぼ歩いていく。幼なじみの紙問屋の若旦那伊之助に呼び止められる。自分も勘当になって品川の裏長屋にすんでいるという。そこで一緒に住むことになる。ある日、大家から駕籠かきになることを勧められる。日が暮れて駕籠を出し、客を引く。一人の客を品川まで運ぶことになる。初めての駕籠で肩が痛くてしようがない。客は酒を飲んでいて眠っているので、近くのおでん屋で飲むことにする。飲み代を客に駕籠代の中から払ってもらおうと起こすと、伝次郎が遊んだ幇間の一八だ。訳を話して金と羽織をもらう。羽織を金に替えようと町へ出ると、呼び止められ、主人が会いたがっているというので、ついて行く。富士屋にはいり丁重なもてなしを受ける。やって来たのは品のいい女性と文金高島田に身を包んだ美しい娘。喰違で助けた親子だった。娘を嫁にもらって富士屋を継いでほしい、養子に行くのが嫌ならちきりの暖簾をかけてもいいという。これが左近の言っていたことだと思って、申し出を受けることにする。−−縁というものは面白いもので、ここで、この娘と夫婦になりまして後に、ちきりの暖簾をかけて、立派に家再興を致したという「積善の家に余慶あり」ちきり伊勢屋でございます。
人形町末広、最後の圓生独演会の中入り後の口演。長講一席とはこのこと、前編とあわせて二時間近い。円熟を感じさせる自信に満ちた高座。巧みな人物描写と緻密な筋立て、最後まで同じ状態を持続する。大した芸でした。
人形町末広、最後の圓生独演会の中入り後の口演。長講一席とはこのこと、前編とあわせて二時間近い。円熟を感じさせる自信に満ちた高座。巧みな人物描写と緻密な筋立て、最後まで同じ状態を持続する。大した芸でした。

