脳幹部の脳梗塞で眼以外の運動機能が麻痺した雑誌編集長の実話。目が覚めると、見ることしかできない。最初は悲観的な考えに終始していたが、相手に読んでもらったアルファベットを瞬きで選ぶことにより、意思の疎通ができるようになり、本を書き上げ出版する。そして、その10日後に肺炎が基で死亡した。カメラが患者の目になっている。視点が逆でちょっと違和感があるが、患者側からの気持ちがよく理解できる。自分を潜水服をきて海底に沈んでいると表現し、そんな沈鬱な状態の中、蝶がさなぎから出るように回復することを夢見ている。全身不随の患者が考えるのは夢と過去の思い出。切実な話。現実の中に思い出した過去のシーンが、主人公の人生を加えていく。秀逸なのは、マックス・フォン・シドーの演技でした。音楽はほとんど無い。ヨーロッパ映画らしく地味ながら、訴えるところは多かった。だが、いかんせん感情が沈んだままで、気分も浮かび上がらず、中でちょっと退屈した気分になった。
アメリカ南部、テキサスの田舎大学のバスケットボール・チームのコーチに就任したドン・ハスキンズ。黒人選手をスカウトして猛練習、人種差別の風を払いのけて大学リーグで優勝する実話。
テーマは大国アメリカの人種差別。黒人が実力で勝利をつかみ取る爽快感や差別問題と人間関係をバランスよくまとめた優等生的な脚本。いずれかに偏るとタイプの違ったものに仕上がったろう。いいとこどりで、ややきれいになりすぎた感がある。しかし、気分は爽快で暖かくなる。音楽はトレヴァー・ラビン、プレイ中のスコアは和太鼓を連想させる重低音の激しいリズム感が緊張感を増す。エンドクレジットの間に、登場人物の本人たちが登場している。彼らへの敬意を込めて☆
大阪へ出張することになった缶詰会社の好色な社長と社長夫人から社長を女に近づけないよう命を受けた随行社員のどたばた劇。とにかく懐かし〜い。町のネオンや信号機、ポットや机、電話、出てくる大道具小道具がすべて懐かしい。会社という組織内の上下関係や処世術がおもしろく描かれる。憎めない社長の失敗が笑いになっている。時代を色濃く映している。こんな時代だから、昭和の懐かしい上昇気流の吹いていた頃が懐かしく幸せに思える。駅前シリーズも見てみたい。音楽は古関裕而。とにかく森繁久弥の演技が久しぶりに笑いすぎるほど笑わせてくれたので☆
プライドが高く独裁的な有名作家の娘、ちょっと太っちょでコンプレックスの塊、悲観的な人間。彼女がレッスンに通う歌の先生は売れない作家の妻。この二人の結びつきを中心に、日常生活が淡々と描かれる。いろんな性格の人がいて、仕事に成功したり失敗したり、打算で行動したり、喧嘩をしたり毎日がストレスなのだ。それが、彼女を取り巻く人々の行動を自然に描くだけで社会の縮図だ。たいしたことは起こらないが、画面にはストレス性の緊張感が流れて、自然と引きつけられているのだ。ラストには、太っちょの娘が本当の愛を得るラストに癒される。また、拙には、有名作家の顔がゲオルク・ショルティに似ていたので、興味津々。精神的で虚飾の少ないバロック音楽が淡々と流れて、これが映画に客観性を与えている。音楽はフィリップ・ロンビ。平穏で何でもないような生活も緊張感とストレスがあるんだという映画に相づちを打ちたくなった映画でした。考えさせられ、理性を満足させてくれたのでたので☆
中国、反革命分子の子として都会から山中の村へ再教育に出された二人の青年。貧農とともに働く。村のお針子に恋をして、彼女に世界の文学を読んで聞かせる。彼女は女性の尊厳と自由について開眼し二人をおいて村を去る。二人は後に成功し、歯科の権威と世界的なヴァイオリニストになる。彼らが過ごした村がダムにより水没することになり、久しぶりに再会。青春時代を思い出す。
中国の絶景が素晴らしい。その中で、教育のないくすんだ感じの人々の中で、感性豊かな若者が光っている。目に見えない知識、教養が輝いているのだ。甘酸っぱい青春映画であるが、情報にあふれて平和な世界しか知らない今の若者にも何が大切かを語っているようだった。音楽はワン・プージャン、画面の後ろで叙情的な美しさを支えていました。素朴で美しい映画で、温かい心で見ることができました。