一生懸命のおしゃべりでございます。よろしくお付き合いをお願いいたすのでございます。もう、他にたいはございません。とにかく笑っていただければいいわけでございます。笑うと言うことはね、本当に体によいのでございます。−−若旦那が恋の病で寝込んであと数日の余命との見立て。高津へのお参りで一目惚れしたが誰かわからない。唯一の手がかりは、親切にして崇徳院の「瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の・・」の歌のみ。御店に出入りの熊が、相手を探すように命ぜられる。礼に長屋と三百円がもらえるとのこと。人が集まる床屋や銭湯に行って歌をよむが、手がかりがない。くたくたになって床屋にいると、そこへ職人風の男がやってくる。御店のお嬢さんが相手のわからない恋の病で寝込んでおり、崇徳院の歌を手がかりに探しているとのこと。それを聞いた熊、「ああ〜〜、三百円〜。三百円、三百円、三百円」「何を言うてんの、お前」−−大騒ぎでございます。めでたく探す相手が知れまして、一対の夫婦ができあがります。崇徳院というおめでたいお噂でございます。
マクラは笑いの効用について。主人公の職人がとぼけたキャラクターへ変わっていく。師は「緊張と緩和」から笑いが生ずるとの持論。本公演では緩和に、試みなのか、やり過ぎのところがある。ちょっと客が引いている。また、終わりまぎわまで進めて、途中で下がっているのは残念。ここまで進めたら、下げまでやってもらいたかった。
吉原というものがございまして、遊女三千人御免の場所というんで、たいそう繁盛しておりまして、ここへ通いますお客様も、ピンからキリまでありまして、紀伊国屋文左衛門だとか仙台の殿様だとかというような名高い人もお客様−−豆腐屋の六さんは毎晩吉原へ冷やかしに行くと、家主から小言。通っている先代の殿様に声をかけたいからだという。「早起きは三文の得」と諭され、朝早く起きて仕事をする。そこへ、立派ななりの身分のあるらしいお侍がやってきて水を所望する。お礼に履いていた下駄を蹴込んで帰った。その下駄はいい匂いがするので、家主に聞くと伽羅の下駄で二百両はくだらないもので、おそらく侍は仙台の殿様ではないかとのこと。帰って女房に話すと「それいったい何てもんだい」「何てもんて、聞いてきたんだが、待ってくれよ。何とか言った。そうだ、そうだ、これはな、よく聞けよ。“きゃらきゃらきゃら”」 お上さん嬉しいんで「げたげたげた」
マクラは吉原、冷やかしについて。枯れた雰囲気のきっちりゆったりとした語り口。淡々と進めるが、このような落とし噺にしては、下げでも真面目すぎて、チト笑えない、しらけてしまう。やはり、この師匠は人情噺だ。
浅草の馬道に、豆腐屋さんで嘉吉という人がございまして、至って律儀な方で、夫婦の間に子供が生まれた、しかも、男の子。喜んでいると三日目に産後のひだちが悪くって、お上さんがなくなってしまった。−−お上さんの妹のおせんが、子供の常吉の面倒を親身に見ていた。亭主も死んでしまい、おせんが常吉を育ててきたが、近所の誰かが、汚染が義理の母であり、母親のの生前から亭主と関係があったと、嘘を教えたので、常吉はぐれてしまう。常吉には性悪女ができたが、彼女には別の男がいた。ある日、大家がやってきて、亡くなった嘉吉には金を十五両ほど残しているので、気晴らしに身延山へお参りに行くことを勧める。このことを聞いた性悪女が常吉に悪知恵を入れる。常吉は急に優しくなりおせんにつくす。汚染が身延山のことを打ち明けると、歳をとったおせんの代わりに常吉が、嘉吉のお骨を身延山に納めに行くことになる。おせんは出発前に、常吉の生みの親から渡された赤い風車を笠につけて持って行くように頼む。江戸を出発して、常吉は一行から離れて性悪女と落ち合う。道中で風車のついた笠を捨てるが、宿に届けられる。性悪女と気晴らしの外出、真っ暗なところで性悪女と関係のある男に背中をつかれて、常吉は崖から川へ転落する。しかし、赤い風車のついた笠が持ち上げるように成っていたので常吉は助かる。そのとき思い出すのは、優しかった育ての母のこと。矢も立ってもいられずに江戸に帰ると、おせんは亡くなっていた。聞けば、何かを支えるような格好をしていたとのことで、死に顔は満足そうだった。「おっかさ〜ん」泣き伏してしまった常吉の背中にしょっている笠の赤い風車が風もないのに回りました。クルクル、クルクルクルクルクルクル・・
マクラはなし。ほとんどが地の話。物語の上手な朗読を聞いている感じ。枯れた感じの語り口だが、さすがに暖かくていい。筋立ても無駄なくまとまって、充実した口演でした。
女房のお峰にそそのかされたので、伴蔵が幽霊のお露、お米に向かって、百両の無心をした。明晩必ず持って参りますから、どうぞ。私どもの言ったとおり、旦那様の体から金無垢の御尊像を取り除いて、お札をはがしてくださいまし、約束をした。−−荻原新三郎の孫店にすむ伴蔵は、幽霊の願いを聞き入れ、新三郎から海音如来の御尊蔵をだまし取り、出入り口に貼っていたお札をはがし、礼として百両を手に入れた。新三郎は礼に憑かれて死亡。伴蔵は故郷の栗橋に帰り、関口屋という荒物屋を始めた。伴蔵が浮気をしていることを女房のお峰が知り、新三郎への仕打ちを話して脅す。伴蔵は二人で再出発しようとお峰をだまし、幸手堤で殺してしまう。−−幸手堤の殺しでございます。
マクラはなし。正統派の人情噺の語りで、淡々と無駄なく進めていく。過不足のない楷書の演出で、まとまりもよく聞きやすい。
誠にありがたいこってございまして、一生懸命おしゃべりをいたします。早いもんで今日が六日目でございます。今日だけお越しいただいた方もあるわけでございますが、六日間ずっとお越しいただいた方もあるわけでございます。−−ご隠居さんが亡くなり、町内の者が手伝い。二人が受付をしていると、次々に悔やみにくる。炭屋は商売物の宣伝になるし、また、最上屋のおなごしさんは馬鹿丁寧。手伝いの又はん。悔やみが女房ののろけに変わり、二人は唖然。あげく「今時分、内のかか、家でようじっとしとらんと思いまんねん。ちょっともはよ顔見せて、安心させたりま。さいなら、ごめん」「え〜、なんとも、えげつのないのろけやな」−−おなじみの「くやみ」というばかばかしい・・
マクラは独演会での心情、挨拶、特にお悔やみについて。マクラは相変わらず、素晴らしくおもしろい。本編ではくやみの失敗を過度に膨らませて、それを受ける人たちの登場が少なく、バランスを崩していて、いつもの爆笑に今一歩及ばなかったように感じた。大好きな噺家なのであえて分析してみているが、並の噺家のレベルではないので誤解なきよう。